「ヒト一人が幸せな1年間を過ごすために必要な所得はいくらでしょうか?」もちろん人に依るので明確な答えはありません。現在の知見に基づいて考察するために、国内外の論文・報告を調べてまとめました。自分自身が幸せに1年間を過ごすために必要な所得を考えるヒントになれば幸いです。
1. 米国発の論文報告
幸福と所得の関係性について論じたもっとも有名な論文は、ダニエル・カーネマン氏(ノーベル経済学賞受賞者)による2010年の米国科学アカデミー紀要掲載論文でしょう。本論文の要旨を日本語訳しました。
近年の研究によって、主観的幸福は2つの側面によって区別されつつあります。「感情的幸福」の側面では、個人の日々の経験における感情的な質、すなわち、喜び・ストレス・悲しみ・怒り・愛情などの体験の頻度と強度が、人生を楽しいものとなるか、あるいは不快なものとなるかを決めています。「人生の評価」の側面は、自分の人生についての考え(評価)の指標です。我々はこの幸福の2つの側面について、それぞれをお金で買うことができるだろうか? と問うことにしました。そのために、Gallup Organizationが米国在住者1,000人を対象に毎日実施しているGallup-Healthways Well-Being Indexの45万人以上の回答を分析しました。我々は、「感情的幸福」(昨日の感情に関わる経験について質問して測定)と「人生の評価」(Cantrilの自己調整尺度で測定)に異なる相関を見いだした。収入と学歴は「人生の評価」とより密接に関係していた一方で、健康、介護、孤独、喫煙は日常の感情を相対的な強く予測する因子であった。「人生評価」は、所得のlogに対してプロットすると、右肩上がりに上昇した。「感情的幸福」も所得のlogに対して上昇するが、年収75,000ドル以上では頭打ちとなった。低所得は、離婚、病気、孤独などの不幸に関連する感情的苦痛を悪化させる。高収入によって人生に対する満足度は買うことができるが幸福感を買うことはできず、低収入は低い「人生の評価」と弱い「感情的幸福」の両方と結びつくと結論づけた。
High income improves evaluation of life but not emotional well-being | PNAS https://www.pnas.org/content/107/38/16489
この論文から、少なくとも2010年前後の米国ではだいたい75000ドル、日本円にして860万円程度の年収があれば十分な感情的幸福を得られると推測します(1ドル=115円換算)。
もっとも、2021年の大規模調査に基づく論文では、75000ドルでの頭打ちは必ずしも生じず、「人生の評価」と「感情的幸福」のいずれもが所得と相関すると結論づけています。
2. 日本の場合
では、日本の場合はどうでしょうか。内閣府が報告する「満足度・生活の質に関する調査」の2020年9月版に興味深いデータがありました。
図表1-1-1 世帯年収別の家計と資産の満足度 では、所得と資産に対する満足度の相関が報告されています。資産に対する満足度は所得が「100万円未満」~「3000万円以上5000万円未満」まで右肩上がりした後、「5000万円以上」で下落しました。図表1-1-2 世帯金融資産残高別の家計と資産の満足度 では、金融資産残高と資産に対する満足度の相関が報告されています。こちらも金融資産残高「100万円未満」~「1億円以上3億円未満」まで右肩上がりが見られました。
家計と資産の満足度 はカーネマン論文でいう「人生の評価」に対応する指標と考えれば、右肩上がりの傾向はどちらでも共通します。
「感情的幸福」に対応する指標についてはどうでしょうか。図表1-1-4 世帯年収別の総合主観満足度 および 図表1-1-5 世帯金融資産残高別の総合主観満足度 では、所得または金融資産と総合的な満足度の相関を報告しています。こちらも総合主観満足度は所得および金融資産に相関した右肩上がりを示しますが、所得「2000 万円~3000 万円」および金融資産残高は「5000 万円~1 億円」の周辺で限度を迎えているようです。
カーネマン論文と比べると「感情的幸福」に対応すると思われる指標の限度額が高いものの、日本人でも同様の傾向が見られました。
以上を踏まえると、日本人一人が「これ以上ない幸せ」を感じるために必要な年間所得は1000-3000万円を超えるのではないでしょうか。ちなみに、2021年度の最新の内閣府の調査によれば可処分所得の平均は527-599万円/年程度、世帯金融資産残高は平均1721万円、中央値900万円です(報告書一括版 P.42)。日本の中で「これ以上ない幸せ」を感じている人はごく限られているでしょう。
参考
Kahneman, Daniel, and Angus Deaton. “High income improves evaluation of life but not emotional well-being.” Proceedings of the national academy of sciences 107.38 (2010): 16489-16493.
Killingsworth, Matthew A. “Experienced well-being rises with income, even above $75,000 per year.” Proceedings of the National Academy of Sciences 118.4 (2021).
満足度・生活の質に関する調査 – 内閣府
https://www5.cao.go.jp/keizai2/wellbeing/manzoku/index.html
